2011年10月06日

アサヒ競馬〜2

 
今までの競馬予想サイトに騙された経験から言えるのは

電話番号を教えると、サイトからすぐに電話がかかってくる。

そして確定レースがあるので参加しないかと誘われる。

高額な情報料を払って、その通り買うと不的中。

これの繰り返しが、借金を膨らませた原因だ。


このサイトに登録する時、電話番号の記入欄があったので

最初、登録すべきかどうか躊躇した。

経験値だけは高かったので、旨い話の誘いにも断る自信が

あったのと、コイツらの声を聞いてみたいというのもアリ

電話番号を記入し登録した。

(後でわかったのだが、電話番号を記入しなくても普通に登録できた。)


しかし、このサイトから電話はかかってこない。

まずはポイントを買ってブロンズコースからの参加。

このサイトは一定の条件を満たしてからランクが上がっていくようだ。


最初にブロンズコースで買った馬券は

2011年1月22日 中山競馬場 東雲賞だった。

3連複で4点提供。この点数で見事に的中

東雲賞.jpg

3連複 4-6-10

払戻金は112,800円。

これがこのサイトでの初めての的中だった。


次週も参加するのその時は不的中。


その次に参加したのは、3月だった。

その時初めてサイトから電話がかかってきて

会員のランクが上がったと連絡があった。

どういった条件であがるのかは教えてくれなったが

いきなりの2ランクアップ、ゴールドコースに昇格。

そしてレース当日に電話で買い目が告げられた。


そのゴールドコースからの提供だったのが

2011年3月5日 小倉競馬場 大牟田特別

thumbnail-大牟田特別.jpg

3連単の的中だ。

3連単 9-12-16 

払戻金が2,864,560円


この払戻金で某クレジット会社の借金を完済できた。

もちろんその借金は他の悪徳な競馬サイトに騙されて作ったものだ。


posted by アサヒ競馬 at 01:56| Comment(0) | アサヒ競馬〜2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

アサヒ競馬〜1

競馬の歴史 [編集]

競馬の歴史に関する詳細については競馬の歴史を参照。

起源 [編集]

ウマの速さを競わせること自体は有史以前、ウマが家畜化された頃から行われていたと考えられている。古代ローマ帝国およびそれを引き継いだ東ローマ帝国などでは、映画ベン・ハー』に見られるような戦車を引いたウマによる競走(現在行われている繋駕速歩競走は、この戦車競走の伝統を引き継いだものである)が行われていた。ローマコンスタンティノープルなどには大きな競馬場が建設され、東ローマ時代には国家的な行事として競走が開催されていた。日本の平安時代の文献にも競馬(くらべうま)という表記があった。またユーラシア内陸部の遊牧民族の間では、現在でもモンゴル族などで行われているようなウマの競走が行われていた。紀元前12世紀ギリシャ競馬が最も古いとされている。

近代競馬の歴史 [編集]

正式のルールに基づき専用の競技用施設(競馬場)において行われる競馬(近代競馬)は16世紀イングランドに始まったとされ17世紀にはフランスアイルランド19世紀にはドイツイタリアでも行われるようになった。また17世紀以降は、ヨーロッパ諸国の植民地であった国々を中心に、アメリカアジアアフリカオセアニアなどの地域においても近代競馬が行われるようになった。

競馬において用いられる競走馬については17世紀後半から18世紀にかけてアラブ種やトルコ馬、バルブ馬などがイギリスへ輸入されて品種改良が行われ、やがてサラブレッドと呼ばれる品種が誕生した。サラブレッドについては1791年ジェネラルスタッドブックと呼ばれる血統書が作成され、以後その生産において血統が重視されるようになった。

競走の施行形態については18世紀後半頃まではヒートレースマッチレースが主体であったが、これらの方式は競馬が産業としての要素を持ち始めた頃から衰退し、多数の馬による一発勝負のステークス方式へと主流が移行した。競走の賞金も馬主同士の出資によるものから始まったが、現在ではスポンサーの出資と馬券の売上金の一部、および補助金や積立金から賄われている。

posted by アサヒ競馬 at 15:46| Comment(0) | アサヒ競馬〜1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アサヒ競馬〜競馬とは? アサヒ競馬〜始めに

競馬は主に競馬場と呼ばれる専用の競技場で開催される。一つ一つの競い合いを「競走(race)」と呼び、一日の競馬開催でいくつかの競走が行われる。競走では一般には騎手が馬に騎乗して一定の距離を走り、正規に最も早く決勝線に到達した馬を勝者とする。競走の内容によってはコース途中に設置された障害を飛越したり、騎手が乗った車やそりを引っ張る競走もある。決勝線への到達は、概ね馬の鼻の先が決勝線を通過したときをもって判定されるが、ばんえい競走に限っては馬が引っ張るソリの最後部が決勝線を通過したときをもって判定される(詳細については競馬の競走を参照)。
用いられる競走馬は平地や障害、速歩競走ではサラブレッド、サラブレッド系種、アラブ、アングロアラブ、アラブ系種の軽種馬もしくはクォーターホース、スタンダードブレッド(アメリカントロッター)等の中間種が用いられ、ばんえい競走では重種馬が用いられる。
競馬の世界は優勝劣敗が大原則であり強い馬は強い馬同士、弱い馬は弱い馬同士での競走が基本である。だが、競走の出走メンバーのみを変更するには限界がある。そこで考え出された方法として強い馬には重い負担重量を、弱い馬には軽い負担重量となるように負担重量を変更することである程度幅のある競走を組むことができる。負担重量の決定方法としては馬齢戦、別定戦、定量戦、ハンデキャップ競走などもある。
特別競走の中でも特に賞金が高額で歴史と伝統・競走内容等を考慮し、重要な意義を持つ競走として 重賞が行われる。さらに各重賞競走の役割と重要性を広く認識してもらい生産界の指標としての重賞競走の位置づけを明確にするため、グループ制(日本を含む一部の国ではグレード制)によってG1、G2、G3に分類される。G1は競走体系上もっとも重要な意義をもつ根幹競走、G2はG1に次ぐ主要な競走でG1の勝ち馬も比較的容易に出走できる内容をもった競走である。G3についてはG1、G2以外の競走である。
G1競走(およびそれに類する格付けの競走)の中でも、3歳馬に対して行われる伝統のある競走をクラシックと呼ぶ。2010年現在、世界各地でクラシックと呼ばれる競走が行われているが多くの国が最初に始められたイギリスのクラシックレースを模範としている。イギリスのクラシックは全5競走であるがうち2競走は牝馬限定戦であり牡馬が出走可能な2000ギニー、ダービー、セントレジャーの3競走すべてに優勝した競走馬を三冠馬という。ただし生産上の意味合いが薄れ、また距離別の路線が体系化されたこともあって三冠の概念は形骸化している。なお、日本のクラシック競走も全5競走である。
posted by アサヒ競馬 at 15:02| Comment(0) | アサヒ競馬〜始めに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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